ビジネス系YouTuberが「タイパ」やら「レバレッジ」やらと騒がしく叫ぶなか、本日も元気に「何の役にも立たない時間」を貪っておりますでしょうか。
ごきげんよう。プロ道楽師のまるこフランキーと申します。
表面的には社会人を装い、その実、雑事にいちいち無駄なロマンを詰め込んで生きております僕。
本日は、多くの人が無意識に囚われている「それ何の意味があるの?」という社畜精神と、そこからの脱出方法について、少しばかりお話しさせていただこうかと存じます。
商魂たくましい僕と、編み物をする妻
僕には、11歳年上の妻がおります。
彼女は小学生のころから編み物をしていたようで、僕のトレードマークである帽子は全て手編み。
見る見るうちに綺麗な模様が編み上がっていく様は、見事なものでございます。
「ねぇ、それすごく上手だからメルカリとかminneで売ったら?それか『編み物教室』でも開けば、絶対にニーズあると思うんだけど」
僕は彼女の才能を世間様に評価してもらおうと、アドバイスをしたつもりでした。
でも、妻は手を止め、僕を静かに見つめると、こう仰いました。
「売るために編んでるんじゃないの。私、ただ編みたいから編んでるの。商売にするつもりはない。」
僕は納得ができません…。
なぜなら、せっかく作ったマフラーやショール、ブランケット、ハンカチなどは使用されることなく積み上がっていたからです。なんなら、気に入らなかったら解いて毛糸に戻している有様。
僕は気に入らなかった文房具や趣味の道具は、オークションで売って次の資金にするのが日常。
原価のかかる作品を編み出し続けて、それが世に出ることもなく眠っている…。
はて、この価値観の違いはどうしたらいいのか。
僕たちは「価値観」を握らされている
僕たちのような、ビジネス系社畜サピエンスは、何かクラフト系の新しい趣味を始めようとするとき、脳内では以下のような「価値観」が思い浮かぶのではないでしょうか。
- お金になるか?
- 節約になるか?
- 他人の役に立つか?
もしこれらがすべて「いいえ」だった場合、日本人は「時間の無駄だった」「なんの意味もなかった」と、謎の罪悪感を抱くように育てられたのではないか。
しかし、これは大きな間違いなんじゃないかと、妻を観察していて思うのです。
たとえば「日記」を思い浮かべてみてください。
誰かに売るわけでもなく、人に見せるわけでもなく、ただ自分の思考をノートに書き連ねる作業。
でも日記は「何の役にも立たない無駄な時間だ」と怒り出す人はいませんよね?
日記が許されるなら、「誰も見ないアート作品」や「売らない編み物」、あるいは「ただ眺めるためだけに組み立てたプラモデル」だって、まったく同じように許されて然るべきなのかもしれません。
目的は「完成品」ではなく「生きた証跡」
そう考えると、編み物の価値は、完成したセーターそのものにあるのでは、なさそうです。
編み物歴うん十年の妻を見ていると、「暖かいから」とか、「売ってない模様だから」とか、「自分の体型にあわせて作れるから」とか、こういったモチベーションで編み物をしているレベルでは、まだビギナーなのではないでしょうか。
妻なんて、冬でも暑そうに「ふぅふぅ」言っているからセーターなんて必要ないだろうし、そもそも毛糸のチクチクが嫌いらしい。
え、じゃなんで編み物しているの?
妻曰く、セーターは単なる「副産物」であり、本当の価値は編んでいる数時間の間に起きていた「集中」にあるそうです。
- 手元に集中することで、雑音が消える
- 編み目を数える中で、心が穏やかになる
- 作業中は、穏やかな自分を取り戻せる
これこそが、クラフターの目的らしいのです。
文章で思考を整理するのが「日記」であるならば、手作業を通じて思考を整理するのが「創作活動」なのかもしれません。
誰かに見せる必要などなく、あなたと世界が静かに対話するためのプライベートな空間。
今からできるマインドシフト
もし新しい趣味を始める時に「何かを作りたいけれど、上手く作れないし、発表する予定もないから」と躊躇されているのであれば、ぜひ以下の3つのマインドをお試しください。
- 理由を捨てる| 「作品を作る」のではなく、「ただ集中して心を整えるため」と割り切る。
- 出来栄えではなく「感情」を採点する| 「上手くできたか」ではなく、「制作中に少し心が落ち着いたか」を基準にする。
- すべては「ただのラフ案」と考える| 完璧な完成品を目指すからスタートできないのです。落書きの延長で十分。
「価値があるものがよい」という価値観からの脱却
大人になると、どういうわけか「役に立つこと」ばかりを求められます。
しかし、何の役にも立たないことに没頭し、誰に見せるでもなくニヤニヤしながら手を動かす時間こそが、削り取られた僕たちの人間性を回復してくれるのではないでしょうか。
妻の編み針が刻む静かなリズムを感じながら、僕は万年筆にインクを補充することにいたします。
もちろん、誰かに見せるためでも、素晴らしい小説を書くためでもありません。
ただ、インクが紙に吸い込まれていく様を眺めてニヤニヤするためだけです。
それでは皆々様、本日も素晴らしい「無駄」に満ちた一日をお過ごしください。
お世話になっております。プロ道楽師のまるこフランキーと申します。
雑事にいちいちロマンを見出しては、11歳年上の妻に嗜められる楽しい日常を過ごしながら、無邪気すぎる探究の記録を書き散らしております。
世の中の「生産性」や「効率」にお疲れのみなさま。大人になった今だからこそ、くだらないことに全力でニヤニヤしてみませんか。
引き続きよろしくお願いいたします。




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