まるこフランキーとは

ピッコロモータース工場長
製造:1984年 42歳
生産国:埼玉県
好きなバイク:全部(箱推し)
プロ道楽師とは、バイク遍歴からみる異常性
バイクを16歳から40歳まで30台ほど乗り継ぎ、最多同時所有8台、投資額は3,000万円以上。クルマは毎年冬に寒くなると購入し、全てを道楽に注ぎ込んでいた独身貴族。
そんな僕でも、結婚を期にバイクを1台だけ残して全て売却しました。
最後の1台も売却しようとした時、「全部売ったらあなた腑抜けになる!それじゃ私が困る。だから絶対に売らないで!」と泣いて訴えられるという、妻公認のバイクバカです。
| 2000年 | 高校1年生で原付の免許取得 |
| 2007年 | バイク屋で働き始める |
| 2010年 | ハーレーダビッドソン ドラッグレース 0−40m優勝 |
| 2014年 | 愛車遍歴20台 最多同時所有8台 バイク投資額2,000万円以上 |
| 2016年 | 結婚 1台を残しバイク全て売却 |
| 2020年 | 妻とタンデム20,000km達成 Vストローム650 |
| 2021年 | GSX1100カタナを購入 |
| 2025年 | XR250BAJA・ジェンマ50増車 6台のバイクライフ |
好きなことを仕事にするということ
親戚のおじさんがバイクに狂っていて、よく乗せてもらっていた幼少期。
1000ccのスポーツバイクの後ろに乗せてもらった日は、強烈な加速に痺れすぎて、夜しか眠れないほどでした。
そんな経験をしたら、当然、16歳の誕生日が待ち遠しい。
おじさんに頼んで(親に内緒で)50ccですが、かっちょいいバイクを買います。
ただし、当時は2ストも4ストも見分けがつかないくらい、ただの原付小僧でした。
「どうしたらみんなみたいに、野太い音になるんだろう…。
僕のバイクは調子が悪いのかなぁ。」バイク屋のおっちゃんに騙されたのかな、なんて。
自分のバイクのマフラー音が「ビーーーーーン!」としか鳴らないことに不満をいだいた当時の僕。
それがチャンバーだからだ、と気づかせてくれたのは、買ったバイク屋のおっちゃんが教えてくれたから。
その事実に、ショックを受けるほど無知でした。
チェーンに5−56吹いてたし。(バイク屋のおっちゃんに「○ぬぞ!」って、めっちゃ叱られた)
50ccのバイクは高校3年間を、たくさんの甘酸っぱい記憶で満たしてくれました。
彼女に会いに行ったり、カスタムしたり、部品交換会に突撃してみたり…。
そのころから地元のオートバイ用品店に通うことになります。
土日は、峠を走ったり、ツーリングに出かけてみたり、とにかく毎週末に乗りました。
お金なかったので、バイク用品店でステッカー買ったり、オイル買ったり、駐車場に集まる大人たちのかっこいいバイクに憧れて。そんな高校生活を送りました。
さて、やっぱり自分のバイクのマフラー音が「ビェーーーーン!」としか鳴らないことに不満を抱いていた僕。カスタム部品は、どんだけ専門雑誌を探してみても、適合するパーツがほとんどない。
モンキーはこんなにカスタムパーツがあるのに。いいなぁ、モンキー。
ということで、モンキーを増車することになります。今思うと、それが僕のバイクキャリアの始まりでしたね。
モンキーは独学で、カスタムしました。マフラー、ボアアップ、ビッグキャブ、NSR50の足回り、ロンスイ、メーター交換、4Jホイール etc…。
武川のスペッシャルクラッチを買って、オイルクーラーも買って、必要な工具も揃えて、準備していた矢先、ツーリング中にエンジンがブローしちゃうんですね。
何度もバラし過ぎたエンジンだったし、お金がなかったから、組み直すときも新品部品を使っていなかったんですね。ピストンピンが外れて、シリンダーに噛み込んで、圧縮が漏れてしまいました。
結構泣きましたね…。愛情込めて作ってましたから。
で、思ったんです。
ちゃんとプロになりたい。
で、通っていたバイク用品店で働くわけです。(田舎あるあるですね)初めから売り場のことはわかっていたし、店員さんも僕のことを知っていましたから。
だから僕の変態キャリアの最初の修行は、バイク用品店です。モンキーカスタムを担当して、フルカスタムの依頼に明け暮れていました。
当時は、ヨシムラ88ccにTMR-MJN とか、CR-MINIとかFCRとか、キタコやデイトナの124ccDOHCとかも売りましたね。
僕に(店ですけど)100万円預けるから、「いい感じに組んで」って頼まれる程度には、店員として成長することができました。
そのころから、バイクパーツのカタログを暗記するほどの熱量で勉強してました。各車種の、オイルフィルターの品番、ドレンワッシャーの内径、バンジョーボルトのピッチ、フロントフォークのパイ数、消耗品からカスタムパーツまで、とにかく、ありとあらゆるバイクの情報を暗記していました。
ヲタクすぎて、あまりにも素早く案内するもんだから、お客さんが不安がるほどでした。「ちゃんと調べてよ」ってね。(失礼な話ね。)そんな感じで、寝ても覚めてもバイクのことをインプットしていたある日。
突然別れは訪れるもんです。(気づいちゃったんです。)
このままバイク用品店で一生を過ごすのだろうか…。と
毎日毎日、オイル交換、タイヤ交換、消耗品交換の受付。バイク用品店では、これ以上バイクのことは学べない。もっとすごいところに行かなければならない。
世界No.1を目指して
ホンダ・ヤマハ・カワサキ・スズキ、日本のバイクは世界一。
なにを以て世界No.1なのかという定義はありませんが、日本一の流通量を誇る場所で、国内外メーカー問わず、数多のバイクを見て勉強すれば、それはもう、世界No.1なのではないだろうか。
つまり、日本でNo.1になることができれば、世界No.1になれるのではないか。そう考えた僕は、あっという間に転職をします。
毎日毎日、全国から、300台ほどのバイクが入荷する某所。
乱雑に積み上がったパーツを見て、車種・部品名・状態を特定。売れそうなものだけを写真撮影して、どのバイクに適合するのかを調べて、オークションに出品するという僕にとっては簡単なお仕事。
マフラーの形状、フランジの形、材質、などの情報だけで、メーカー・車種を特定させることができるようになりました。マフラーだけでなく、スプロケットや、エアクリボックス、フェンダーに至るまで、特定できなかったパーツはありません。
唯一特定できなかったのは、ヨシムラ製と思われるマグネシウムキャリパー。モーターサイクルショーで、ヨシムラのスタッフの方に聞いたのですが、当時のスタッフがいないとのことで、鑑定できませんでした。
それを6年間、約3万点をオークションで販売。
鑑定したパーツは40万点以上、売上は数億円。
楽しかったなぁ。
その職場の情報ストックも日本No.1だった思います。カスタムピープルなどの膨大な量のバイク雑誌、車種ごとのカスタム事例を紹介したムック本、ヨシムラ・モリワキなど、オートバイの歴史的な書籍、各年のメーカーカタログ、純正オプションからアフターパーツメーカーの過去のカタログetc…
さらにオークション会場では3年間、国産も外車も、毎日数百台のバイクを目利きする日々。おかげで「バイクを見る眼力」だけは無駄に鍛え上げられました。
プロ道楽師を拝命
気がつけば、バイク漬けの人生。
世界No.1と自負できるのは、このような幸運な環境によるものです。
とはいえ、好きなことを仕事にするということ。
好きなことを仕事にして、家族を豊かにすることは難しい。
結婚した当初は、生活費のためにギター、釣り竿、ラジコン、ありとあらゆる趣味の道具を全て売り払い、バイクも1台を残して全て売却。バイクの仕事しかしたことがない僕は、転職も考えました。
そんな時期に、妻は「バイク乗りと結婚したんだから、バイクから離れないで。あなたがバイク業界にいることに、きっと意味がある。」と言ってくれました。
僕がこだわりと妄想をこじらせながら、日々の「相棒」について語る場所です。
バイクに乗ること、手帳を書くこと、本を読むこと。
一見バラバラに見えるこれらの行為には、僕の中でひとつの共通点があります。
それは──
自分らしく生きるために、“吟味する”ということ。
このブログで扱うもの
このブログで取り上げているのは、いわゆるガジェットやアイテムのレビュー、ノウハウ、日々の気づきです。でも、それだけじゃありません。
- バイクは、単なる移動手段ではなく、「自分のテンポで生きるための脚」です。
- 筆記具や手帳は、思考を整える「心の整備ツール」です。
- ビジネス本は、視野を広げ、自分の“なぜ”を問い直すための窓です。
- 時計、バッグ、工具──道具たちは、僕という人間を少しだけ形にしてくれる存在です。
ここで紹介しているのは、そんな自分のスタイルを支える道具たち。
僕にとって道具とは、生き方を補強する相棒なんです。
なぜこのブログをやっているのか
僕は昔から、「何かを調べてわかること」が好きで、「ひとつのモノを徹底的に使いこむこと」に喜びを感じてきました。でも、それを人にうまく伝えられなかった。
このブログは、そういう「好き」「知識」「こだわり」を、言葉にして共有する試みです。
「それ、知らなかったけどおもしろいね!」
「そこまで言うなら、ちょっと試してみようかな…」
──そんな風に、誰かの日常に小さな選択肢が生まれるなら、それが僕の道楽のかたちです。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
このブログは、「人の目は気にしないけど、自分のこだわりには超うるさい」僕みたいな人に届いてくれたら嬉しいです。
そしてもし、何か刺さるものがあれば、気に入った道具のひとつでも、そっと手に取ってみてください。
あなたの生き方がちょっとだけ「自分のもの」になるかもしれません。
『夫としてのあり方』を布教するエバンジェリストの側面
僕と妻は、アイドルのライブ会場で出会っています。人気が右肩上がりの彼女たち。ファンクラブに入っていた僕は、チケットが取れず諦めていました。
当時まだミクシィが現役で、コミュニティというものが機能していた時代。そこでの「チケットお譲りします」投稿がきっかけで、妻と出会います。
ライブ会場でチケットを受け取るまで、妻と直接連絡は取っていないのです。どんな人が来るのかも分からない状態。本名は名乗らず、ミクシィネームは「ポンコツくん」。
というのも、妻はチケットを1枚余らせてしまい、ミクシィのコミュニティに投稿したところ、男性にお譲りすることが決まります。
だがしかし、この男性、ライブ直前に骨折をします。モッシュモッシュするのが当たり前のアイドルのライブ。彼は、ライブの参加を諦めます。
そこで困った妻。再びチケットが1枚余ったままになってしまった。しかもライブまで時間がない。困った妻は、コミュニティの管理人さんに相談します。
その管理人さんが「チケット欲しい人います?」って投稿して、手を上げたのが、僕。つまり、僕と妻の仲人は、管理人さん。あるいは、骨折した男性なのです。
僕は、不安でした。
ライブ当日に会ったこともない人からチケットを受け取るなんて。詐欺かもしれないし、ヤ〇ザさんかもしれない。グッズを買おうと思って握りしめた10万円を奪われて、近くの東京湾に沈められてしまうかもしれない。
万が一平和だったとしても、連番であろうチケット受け取って、「ありがとうございました。では。」なんて言えないだろう。少なくとも、ライブ中は一緒にいなければいけない。(心配をよそに妻は、ライブが始まると、最前列にモッシュし、消えていきました…。)
ライブが終わって、興奮冷めやらぬ中、このまま独り帰るのも何だなぁと思っていたところ、彼女から「ファミレスでも行く?」って誘われたのが、今の妻。
11歳年上でバツ3「働きたくないでござる」が口癖の熟女と、交際期間1ヶ月で結婚をし、父親の違うふたりの娘と生活をすることで、自分の限界突破をし続けている経験を発信します。
とんでもない経歴の女性と結婚したことで、僕の苦労の経験をお話します。それが、夫婦生活がうまく行かない人の悩みを解決する手助けになれば幸いです。
まるこフランキーの家族

妻:ぷち幸子
離婚3回/結婚4回/心理カウンセラー/ロジカルシンキングマスター/ビジネスマネジメント/論理的思考インストラクター/ストレスカウンセラー/愚痴聞セラピスト
42歳で11歳年下のまるこフランキーと結婚。

長女:はーまん
トレーディングカードショップ店勤務。
ヒプマイ・2.5次元に精通。
ガチヲタサラブレッドNo.1

次女:しーまん
ポテチメガ袋をコーラで流し込む。
ラノベ系・なろう系アニメ有識者。
ガチヲタサラブレッドNo.2

三女:ベンジー
ベンガルだけど、小さい。
外見は山猫、性格はビビり。
好きなものはチュール。

長男:陸王
ノルウェージャンフォレスト
とにかくでかい。
唯一の男、まるこフランキーの友達。

四女:よつば
ラブラドール×ゴールデンレトリバー
体重40kg
まるこフランキーのベッドを占領。


